みんなのコメント[全件]

3年ぶりの気仙地域磯部 賢諭(所属:生協こどもクリニック)

2015/05/21 [岩手県立大船渡病院]
約3年ぶりに高田病院と大船渡病院を支援させていただきました。自分の身の丈にあったわずかな支援しかできなくて申し訳ない限りでした。小児科の先生方、研修医の先生方、事務の方々にもいろいろ気を使っていただきありがとうございました。とても楽しませていただきました。
 かさ上げ盛り土のためか海の見える町並みがすっかり変化していました。わずかに覗く海をみると悲しさと恐怖がよみがえってきて胸が切なくなりました。
 ずっと天候は良好で、いい季節に陸前高田、大船渡に来ることができて幸せでした。今、それを体全体で感じています。
 季節のおいしいもの(ほや、冷麺、カレーうどん)も食べさせていただきごちそうさまでした。
 ともあれ、わずかでも役にたててよかったです。楽しませていただきありがとうございました。リフレッシュできました。

5月連休の大船渡病院救急センター外来支援高木 誠一郎(所属:社会保険診療報酬支払基金福岡支部 医療顧問)

2015/05/12 [岩手県立大船渡病院]
大船渡病院救急センター外来で子どもの救急患者の診療を行いましたが、私にとっても勉強になる3日間でした。初日、気管支炎+頻回の下痢がある乳児を1名、2日目には前日から症状の改善しない左頚部リンパ節炎の幼児を入院させました。ご当地の方はみなさん医療に対してまじめで、医療従事者に対しても従順な方ばかりでしたので、とても診療しやすく思いました。
丁度、岩手県医師会が震災支援として行っている高田診療所に岩手県小児科医会長の三浦義孝先生が出務されており、アレルギー性紫斑病と原因不明の発疹症の患者2名が紹介となりました。三浦先生とは少しお話をすることもでき貴重な時間となりました。

おじいちゃん先生ですが、谷 均史(所属:淀川キリスト教病院)

2015/05/10 [公立相馬総合病院]
私は福島県の隣の新潟大学出身でありながら、今まで何もお手伝いせずに過ごしてきました。幸い、還暦を前にして小児科のお手伝いの募集を知り応募させていただきました。
初めての福島。公立相馬総合病院小児科の伊藤正樹先生が空港に迎えに来て下さり、被災地を案内してくださいました。
海岸近くの塩害土、土地の低さ、放射線量。気が遠くなるような被災範囲の姿が心に焼きつけられました。
連休のたった2日間ですが小児科の外来をお手伝いさせていただきました。
日本では休日に外来をしている公立病院はほとんどありません。しかしながらこの病院では小児科を伊藤先生含めたった3人で運営され、休日も外来のバックアップをされています。いつお休みされているのかと驚きました。

私は産婦人科と小児科の仕事の傍ら、鹿児島県の離島で『発達障がい』の子供たちと関わってきました。
今年から大阪でも発達障がいの外来をさせてもらっています。
将来福島を含め東北の子供たちと御両親に関わっていけたらとも考えています。
おじいちゃん先生ですが、これからも関わらせていただければ幸いです。

奇跡の一本松と、オリンピック上條 誠(所属:かみじょうこどもクリニック)

2015/05/07 [公立相馬総合病院]
GW中の5月3日に伺いました。2日の東北新幹線は大混雑で3日はどうなることかと思いましたが、午前中は忙しかったものの、午後は川島先生や救急室の看護師さんに気を遣っていただいたこともあり穏やかでした。ありがとうございました。
今回はGW中だったので是非被災地を巡ろうと思い、翌日にかしまの「奇跡の一本松」をみてきました。津波に耐えた一本松といえば陸前高田にもあり話題になりましたが、こちらは頑張っているのですね。しかし、その周辺一帯が4年経っても広大な荒れ野原のままであることに言葉を失いました。津波で流された常磐線は原発の影響もあり復旧する見込みはなく、福島市と相馬市を結ぶ復興支援道路が完成する予定は3年後だそうで、まだまだ不便です。被災地がいまだにこのような状況に置かれていることを被災地以外の人々はどのくらい知っているでしょうか。ついこの間までの私のように何も知らない方もまだまだいらっしゃるのではないかと思います。オリンピックを契機に経済が活性化して復興が加速すると聞きますが、今の被災地には関係ないように思えます。いろいろ考えるよい機会でした。いつかまた機会があれば仮設の住宅や店舗、原発にさらに近い区域なども巡ってみたいと思います。

ご支援ありがとうございました菅原 奈美(所属:宮城県 保健福祉部医療整備課企画推進班)

2015/04/16 [石巻市夜間急患センター]
椎木先生、ありがとうございました。スタッフへのあたたかいエールに感謝しております。次回の応募もいただいておりますが、どうぞよろしくお願いいたします。